きゃお、2009年に1991年を語る
2009-01-04(Sun)
――まず始めに、“どうして浜田省吾を聴き出したか”について、改めて伺いたいのですが?
「はい。浜田省吾の曲を初めて(まともに)聴いたのが、ちょうど高校受験を控えた1991年の1月で、ラジオから流れた『東京』にバーンッ! とやられてしまったのがキッカケです。」
――何か、受験勉強のためになるようなラジオ番組を聞いていたのですか?
「いえ……。あ、あの、忍者の「忍者の今夜もお祭り」という番組を……。
――はい?
「……ですから、忍者の……6人組でジャニーズ事務所だった……。」
――あぁ〜そう言えばそんなグループがいたような?
「ええ、まぁ。」
――お好きだったんですか?
「は、はい……。メンバーの遠藤直人さんという方が浜田省吾のめちゃファンで、雑誌でのコメントやラジオでもよく口にしていたんですね。
それで、ちょうどお正月の番組で“女の子とドライブに行くとしたら、どんな曲をかけるか”というお題で遠ちゃんが浜田省吾の『東京』を選曲したんです。」
――それまで、浜田省吾という存在はご存知だったんですか?
「何故か知っていました。
が、名前ぐらいで一体どんな人なのかは解りませんでしたし、サングラスしてるな、程度の印象で。」
――なるほど。で、その『東京』という曲を聴いて目からウロコ状態みたいに?
「はい。単純にカッコイイなぁ〜と思いました。余りそうやって一目惚れ的に好きになったりしないのですが、その時は何故だか自分でも解らないんですけどね……。」
――具体的に、どんなところがカッコイイと?
「そうですね。やっぱり声ですかね。声が凄くカッコイイと思いました。
それから上手く表現出来ないのですが、現実的な事歌うなーと。問題定義されている気がしましたよね。それまで好んで聴いていたのが♪ワッショイワッショイお祭りだ〜ですからね。(笑)
極端ですけどね、例えが。」
――なるほど。それまでは所謂“音”としての鑑賞だったのが、初めて歌詞の中身にまで関心が行ってしまったという事ですか?
「そうそうそう、そんな感じですね。ワタシは……よくいう“歌謡曲”と呼ばれるジャンルの曲が好きで、子供の頃から聴いていましたが、歌謡曲って大衆的な歌ですよね。沢山の人の興味を惹くために好まれそうな言葉を寄せ集めた詞が多いから、どっちかっていうと中身が薄い、スカスカした歌が多いような気がするんですよね。勿論そうではない歌もあると思うけど。
だけど、浜田省吾の曲を聴いた時に「あぁこの人、中身のある歌を歌ってるんだな」と感じたんですよね。」
――受験を控えていた、という事も相乗効果となっているのでしょうか?
「そう思います。別に難しい受験を控えていた訳ではないんですけど、やっぱりストレスを溜めてたりナーバスだったり……。
そんな時に『東京』はホント、「バーンッ!」と来ましたね、心に。」
――例えばですけど、『東京』ではなく他の楽曲だったとしたら、もしかすると好きにはなっていなかった、という風に思いますか?
「う〜ん……それは解りませんけど、もし『もうひとつの土曜日』とか『愛しい人へ』あたりのバラードだったら、バーンッ! とは来なかったかも知れないかなぁ……。
遅かれ早かれワタシは浜田省吾の曲を聴くヤツになっていたと思うけど、バラードが先だったら“遅かれ”派だったかも知れないですね。(笑)
その時点でも十分遅いスタートなのですが。」
――どういったところが“遅かれ派”だったと?
「優しさがイラつく時ってありませんか? この状況でソレ言われても……みたいな。時として「頑張れ」という言葉がウザったく思えるのと似ているかも知れないんだけど、なんかそういった感じで受け付けない気持というか。
返ってドーンッ! と突き放された感じとかの方がバーンッ! と心に響いて来る……みたいな。」
――ドーンッ! でバーンッ! ですか。
「(笑)擬音が多くてスミマセン。
とにかく、ナーバスになっていた時に『東京』がスポッと嵌ったという感じだったんですよ。」
――逆にイライラしてしまいそうな詞ではないかと思えますが?
「そこがほら、聴く側の勝手な解釈で。(笑)「今のワタシに問いかけられてる!」みたいな。(笑)「何時まで君、持ちこたえられる?」と。
――問題定義に繋がる訳ですね。(笑)
「そうです。そこです。(笑)」
――ところで、その後の行動としてはどうされたんですか?
「レンタル屋へ行って、CDを借りて来ました。」
――購入されたのではないんですね?
「ええ。カッコイイ! とは思ったんですが、そういったジャンルの曲に手を出したくはないな、という思いがあって。」
――何か特別な理由があったのですか?
「特別という訳ではないんですけど、あんまり好きじゃなかったんですよね。
歌っている内容が、何と言いますか嫌いだったと……今思うと凄い偏見なんですけど、自分なりに拒絶の対象としていたモノを見出していたというか。
そんな感じだったので、そっちのエリアには行っちゃいけないような気持があって、躊躇してました。
実は、浜田省吾の曲もわざと聴かないようにしていたんですよね。」
――あぁそうなんですか?
「遠ちゃんも好きでしたが、当時は光GENJIの内海光司ファンだったんですよ。かなり好きだったんですけど、彼もめちゃ浜田省吾ファンで。
で、彼がやっていたラジオ番組で曲を流していたんですよね。
ワタシは(当時から)ラジオ番組は一度何かに録音して、後でまとめて聞くんです。その時に曲が流れそうになると早送りして避けていたという。(笑)」
――徹底してますね。(笑)
「そこまで神経質にならなくてもいいじゃねぇか! と思いますよね。(笑)
でも、ホラ、何か意固地になっちゃう時ってあるでしょ? そんな感じで飛ばしてたのに、先程話したお正月の番組はたまたまリアルタイムで聞いていたんですよ。」
――早送り出来ませんね。
「そうそう。(笑)だから正確に言うと“聴いてしまった”んですよね。」
――では、もうちょっと早めに浜田省吾と出会えていた、という可能性が?
「ですねー。受験生でもなかったし。(笑)まぁでも、今となっては「バカな事したなー」というおバカな笑える思い出として、自分の中に保存されています。(笑)」
――話を戻しますが、借りて来たCDというのは何だったのですか?
「『生まれたところを遠く離れて』『君が人生の時…』『HOME BOUND』『Club Surf & Snow Bound』です。」
――『HOME BOUND』は解りますが、後の3枚はどういった経緯で?
「長年活動されている人だと言うのは把握していたんで、何から手を出していいのか迷うと思ったんですね、店の中で。(笑)
だから、とりあえず目星を付けて行った方がいいと思い、自分の周りで浜田省吾の名を探してみたんです。」
――自分の周り、といいますと?
「例えば、当時やっていた進研○ミの教材の中とか。(笑)
――意外な名前が出て来ました。(笑)
「なんか、エンタメ系を紹介するページとかあったんですよね。そこの名盤紹介みたいなヤツに『Club Surf & Snow Bound』があって。
後は、遠ちゃんが『路地裏の少年』に涙してどうのこうのという記事を発見したり、雑誌の付録に紹介されていた浜田省吾の欄に『二人の夏』『恋の西武新宿線』という曲があったので、それらが収録されているアルバムを探して来たという感じで。」
――なるほど。その4枚は聴いてみてどうでしたか?
「『生まれたところを遠く離れて』は、浜省・初級のワタシにはなかなか難しかったですね。(笑)難しいし声が若いっ! とか。
『君が人生の時…』は、『風を感じて』というのをテレビで見たな〜と思い出してみたりしました。夜のヒットスタジオですな。
『Club Surf & Snow Bound』は、他のアルバムと比べて何か違うな〜と思ってはいたんですが、それが何だかよく解らず(笑)でも気に入って『Club Surf Bound』の方は凄く聴きました。『曳航』好きでしたね〜。
でも、やっぱり『HOME BOUND』がダントツに好きで、毎日のように聴いていましたね。『東京』だけ聴けたら良かったんだけど、初っぱなの『終りなき疾走』からまたもやバーンッ! と。(笑)」
――ドーンッ! でバーンッ! がまた。(笑)
「そうそう。(笑)ホント「バカじゃないの?」というくらい聴いていました。」
――その頃は、まだ受験生だったんですか?
「いや、もう高校へ行くっていう春休みで。新しい生活が始まる期待と不安、なんとも言えないモヤ〜とした気持を『HOME BOUND』聴くと今でも思い出せます。」
――新しい生活のスタート時に、浜田省吾がいた訳ですね。
「その通りです!」
――進学されてからは、また何か新たにCDを借りて来たりしたのですか?
「どんどん浜田省吾の方へ惹かれて行く自分に気が付いたので、借りるんじゃなくてもう買ってしまえ! と。」
――何を選んだのですか?
「『J.BOY』です。」
――理由は?
「2枚組だったから、1度に沢山聴けるかなと。(笑)ジャケットも購買意欲を高めました。」
――『J.BOY』は、浜田省吾さんが(ソロデビュー10年目にして)初めて1位を獲得した記念すべきアルバムですが、バーンッ! というのはありましたか?
「いや、もうその辺は落ち着いて来まして。(笑)
『J.BOY』は……「あれ?!」と思ったんですよね、あれ〜? みたいな。今はもう大丈夫ですけど。」
――何が「あれ〜?」だったのですか?
「いや、その辺はもう聞かないで下さい……。」
――気になりますね。それでは先程出て来ました夜のヒットスタジオですが、浜田省吾さんの映像……というか動いていらっしゃる姿といいますか(笑)その辺はどうですか? 初めて見たのは?
「歌っている姿を初めて見たのは、綿密に言うと夜のヒットスタジオでの特番で、15秒くらい流れた『風を感じて』なんですけど、その他大勢と一緒に同化しちゃっていたというか。
なので、ちゃんと浜田省吾だと意識してシッカリ見たのは、『Hello Rock & Roll City』のPVだったんです。」
――それもテレビ番組だったんですか?
「そうです。『J.BOY』を買おうと決めた時くらいから、所謂雑誌の切り抜きとか集めたり、新聞とかのテレビ欄やラジオ欄に浜田省吾と書かれていないかとか探し出したんですよね。
今となっては当たり前に思えますけど、「どうして浜田省吾はどこにも載ってないんだ!」と当時は困りまして(笑)友人にも協力を強いて探しまくりました。
で、ある日、テレビ欄に名前を発見して。」
――あまりテレビ出演はされない方だとお聞きしましたが?
「そうなんですよね。それはワタシも気付いていました。容易く目に出来る名前じゃなかったし(笑)これ程見かけないんだから、所謂「音楽番組には出演しない」というテの歌手仲間なのかな〜と。(笑)だからその名を発見した時は「えっ!」と驚きました。」
――何という番組だったんですか?
「忘れました。(笑)テレビ神奈川でやってた、PVを流してくれる番組だったんですけど。」
――ご覧になってどうでしたか?
「驚きましたね。渚園で行われた野外コンサートの映像を主にしたPVだったんですけど、お客さん……人の多さにまず驚き、浜田省吾、その人自身に驚き。(笑)」
――どういった驚きを?(笑)
「なんでこんなムキムキなんだー! と。(笑)
それから、凄い動き回って歌うじゃないですか。あっちからこっち、こっちからそっちへと。(笑)
マイクの前でひたすら歌うんだと思い込んでいたので(夜ヒットの印象がそうしたのか?)驚きましたよ。」
――そういえばこの頃、浜田省吾に関する本を購入されたそうですが?
「あ〜はいはい、買いました。『陽のあたる場所』という田家秀樹さんという音楽評論家が書かれた、浜田さんの伝記……のようなもの(?)、まぁ〜生い立ちから今までの事が書かれている本なんですが。」
――それはやはり、雑誌などで名前を探している最中に得た情報だったんですか?
「それが違うんですよ。たまたま友人と大きめの本屋へ行った時に、偶然見付けたんです。どうやら単行本で出たモノが文庫化されて、文庫が発売されてから余り日が経ってない時期だったようで平積みされていたんですね。それを見付けまして早速手に取り、「なんだこれは〜!」と驚愕。(笑)」
――偶然ですか。それは驚きますねぇ。
「驚きましたねぇ。パラッと見てみたら写真があって、目次を見たら楽曲名があって……これは何だか知らんが買うべきだろ、ワタシ! という事でレジへ一直線に。(笑)
本を読む、つまり読書ってどっちかっていうと嫌いな方なんですが、『陽のあたる場所』はもの凄い勢いで読みましたね。活字中毒者のような。」
――読んでみてどうでしたか?
「これまでにも……たとえば『Hello Rock & Roll City』の映像とか見ても……何か新しい情報を得るたびに「やっぱカッコイイ!」熱を増していたんですが、この本を読破した時にはカッコイイとか何とか言う感情を逸脱しちゃって、「もう離れられない!」みたいな感じに。(爆)
ちょっと、頭がおかしいんじゃないかと思う程、のめり込んで行きましたねぇ。」
――その著者本を読まれてから、何か発見はありましたか?
「いろいろあったと思うんですけど、何がどうだったのか忘れてしまってますね。その頃得た事なのか、もう少し経ってからなのか、最近知った事なのか、混ざり混ざって把握時忘れてる。(笑)」
――そうでしたか。(笑)それでは、『J.BOY』の次に購入したアルバムは何だったのですか?
「それも何だったか……忘れたなぁ。ただ、「よし、全部集めよう!」と決めたので、『J.BOY』の帯に書いてあるディスコグラフィーを確認して、購入したアルバムの帯をタンスに貼って行く……という変な作業をしていました。(笑)」
――帯をタンスに?
「そう、貼って行くんです、リリース順に。(笑)」
――聞けば聞く程、不思議作業ですね。
「ええ。自分でも「なんで?」と思いますよ。(笑)でも、当時は真剣で……例えば、『LOVE TRAIN』買って、『愛の世代の前に』買って、『SAND CASTLE』買って『J.BOY』買いますよね? 帯貼って行くと、『LOVE TRAIN』と『愛の世代の前に』の間が異常に空くワケですよ。で、その空き加減を見て「早くここを埋めなきゃ!」と思うワケです。(笑)」
――何か、脅迫観念に似たものを感じながら揃えていた、と?
「いや、脅迫ではないですね。なんだろ……歯抜けた状態がみっともないので、早く綺麗に並べたい〜みたいな感じかなぁ。
子供の頃とか、何色もある同じ種類のマジックペンを赤と青しか買えないと、一生懸命全色集めようとして頑張るコだったんですよねぇ。
その感覚と似ているのかなぁ?」
――そうしたら、別に帯を貼って行かなくてもイイような気がしますが。
「目に見えて、揃って行くサマを確認して行きたかったのではないでしょうか?(笑)」
――なるほど……解るような、解らないような。ところで、今でも貼り続けているのですか?
「いや、しばらく続けてアルバムが揃う前に止めてしまいました。「アタシ、何してるんだろ?」と思ったんだと思います。」
――結局気が付いたんですね。
「そうですね。(笑)あとはまぁ〜物理的に困難な状況になって来たのもあります。タンスですからね、日頃洋服の出し入れをするワケじゃないですか? 邪魔だったんですよね、帯が。(笑)購入し続けて増えて行く一方でしたので、もう貼るのイイや、みたいな。
それから新しいアルバムが出る、という情報を得て、そっちへの興味に気持も持って行かれたというか。」
――新しいアルバムと言うと?
「『EDGE OF THE KNIFE』です。バラード3部作と言われた3枚目。」
――やはり新しい作品という事で、今までとは違った趣で購入をされたんですか?
「そうですね、「あっ、浜田省吾って、今現役で活動している人だった!」という事を改めて気付かせてもらったというか。オリジナルアルバムというワケではなかったけど、ワタシにとっては「新しいのが出る〜やった〜!」と純粋に嬉しい事だったですね。」
――そのリリース情報は、やはり既存のアルバムを購入されている最中に、CDショップで得た情報だったんですか?
「アルバムの発売情報自体は、何か雑誌だったと思うんですが、アルバムを揃えるため定期的に訪れていたCDショップで、ちょうどレジの後ろ辺りに浜田省吾の新聞のような張り紙を発見しまして、あれは何かと思って見てみたら、新譜情報がありまして」
――新聞のような張り紙……と言いますと、ポスターではなく?
「はい。所謂“販売促進”用のフリーペーパーみたいなヤツでした。
当時はそんな事解らなかったので、「あの紙は、どうしたら貰えるのかな?」と思いましたね。CDを予約すれば特典で貰えるのかと思ったんですが、そういう事も無く」
――店舗用みたいな告知媒体だったんですか?
「いや、ホントにフリーペーパーとかで、タワレコとかもっとでっかい店舗へ行けば、容易く貰って来れる物だったんだと思います。でも、そんなこと解らない世間知らずで……。
「どうすれば手に入りますか? いただけるんですか?」と、店頭で聞けば良かったのになかなか聞けなくて、でもあの“紙”は欲しくて……というモンモンとした日々を。」
――そんなに魅力的な“紙”だったんですか?
「ええ。2枚あったんですけど、何やら文章がずら〜っと書き連ねてあったんですよ。何が紹介されているんだろうと思って。レジの真後ろに貼ってあったから、読むには困難な位置だったんですね。なので、実際手にして読んでみたいなぁと思って。」
――で、結局どうされたんですか?
「店舗の人に聞くのが一番早いと今では思いますが、当時はそれが照れくさいと言うか、面と向かって訪ねる行為が嫌だったというか……。
で、思いあぐねた末、浜田省吾の事務所へ電話して聞いてみようと」
――そちらの行為の方が、勇気のいる感じに思えますが。
「そうなんですよねぇ。ワタシも今はそう思いますよ。(笑)
でも、なんでしょう、夢見る乙女の暴走と言いますか(笑)容易い事が恥ずかしい割には、大胆な行動が臆面も無く出来てしまうというか。
そんな感じで、早速電話してみちゃったんですねぇ」
――問い合わせ先の番号は、把握していたんですか?
「ええ。雑誌の付録に掲載されていました。それを片手に」
――緊張されました?
「ど緊張でしたねぇ。
たかが電話で問い合わせ、なんですけどね。大仕事をするような感覚で。
確か、正座して電話しました。(笑)」
――(笑)相手はどのような感じの方が応対に?
「多分……FCの中西さんだと思うんですが、解りません。とにかく女性が出ました。
で、あの、店頭で見た新聞のようなヤツをどうすれば自分も手に入れられるか、みたいな質問をしどろもどろで質問しまして。
凄く緊張してたんで、相槌をするのがやっとな状態でしたねぇ」
――解答はどうだったんですか?
「あれは、宣伝用の販促物ですので、個人の方が手に入れるのは難しいです……みたいな事を言われました。」
――せっかく勇気を出して電話したのに。
「そうなんですよね、イイ解答を得られず。
ガッカリして電話を切ったんですが、緊張がだんだん冷め、冷静になって来た時にお姉さんが言った「あの、FCの方ですか?」という言葉が鮮明に蘇ってきたんですよ」
――ファンクラブ会員か、という問いを?
「ええ。緊張してたから「違いますが」と聞き流しちゃってたんですが、電話切った後でよく考えてみると「FC会員だったら、どうにかなるわけ?」みたいな疑問が湧いて来て」
――また問い合わせを?
「いや、それはしませんでしたが、“ファンクラブ”という言葉が頭に残りましたね。FCか……FCねぇ……みたいな」
――何か特別な事が繰り広げられている世界があるな、という感じで?
「そうですね。(笑)
会員だと、いろいろ何かあるのかもね、みたいな」
――入会しようかな、という考えが湧いて来たって事ですか?
「直ぐには思わなかったんですけど、電話をした日からずっとFCというのが引っかかっていて。
で、とりあえず入会案内みたいなのを送ってもらう事にしたんですが、それから直ぐに入会金などを振込に行きました。(笑)「やっぱ、入ろう!」と。」
――結局入会手続きをしてしまったんですね?
「はい。
先程も言いましたが、あまりテレビとか人前に出て来ないタイプの人だし、興味を持ってしまった以上、情報集めの手段としてはFC以上のものはないのではないかと。」
――情報集めの延長、という認識の方が大きかったワケですか?
「そうですね。
だから、入会して色々読んで行くうちに、すっかり魅了されちゃって(笑)それまで好きだった人とか関係なくなってしまって。(笑)
ワタシには、浜田省吾がいればいい! というような感じで突っ走ってましたよ。」
――なる程、それではきゃおさんにとって、1991年というのは年明け早々から浜田省吾色にどんどん染まってしまった年、という事になるんですね。
「そうですね。まさに出会いの年。(爆)
トキメキ先行型でしたので、自分の親と余り変わらない年齢の人だって事を知るんですが、それはとりあえず脇へ置いといて(笑)浜田省吾という人の世界を少しでも知ろうと、勉強そっちのけで一生懸命になっていた時でしたよ。」
――なる程。(笑)では、次回は『EDGE OF THE KNIFE』発売から、初めて参加されたコンサート『ON THE ROAD 93』あたりの事について伺って行こうと思いますが。
「解りました。別にいいですけど……。
こんな長文に付き合うモチベーションがあれば、という事で宜しくお願いします。」
――……。
――何か、受験勉強のためになるようなラジオ番組を聞いていたのですか?
「いえ……。あ、あの、忍者の「忍者の今夜もお祭り」という番組を……。
――はい?
「……ですから、忍者の……6人組でジャニーズ事務所だった……。」
――あぁ〜そう言えばそんなグループがいたような?
「ええ、まぁ。」
――お好きだったんですか?
「は、はい……。メンバーの遠藤直人さんという方が浜田省吾のめちゃファンで、雑誌でのコメントやラジオでもよく口にしていたんですね。
それで、ちょうどお正月の番組で“女の子とドライブに行くとしたら、どんな曲をかけるか”というお題で遠ちゃんが浜田省吾の『東京』を選曲したんです。」
――それまで、浜田省吾という存在はご存知だったんですか?
「何故か知っていました。
が、名前ぐらいで一体どんな人なのかは解りませんでしたし、サングラスしてるな、程度の印象で。」
――なるほど。で、その『東京』という曲を聴いて目からウロコ状態みたいに?
「はい。単純にカッコイイなぁ〜と思いました。余りそうやって一目惚れ的に好きになったりしないのですが、その時は何故だか自分でも解らないんですけどね……。」
――具体的に、どんなところがカッコイイと?
「そうですね。やっぱり声ですかね。声が凄くカッコイイと思いました。
それから上手く表現出来ないのですが、現実的な事歌うなーと。問題定義されている気がしましたよね。それまで好んで聴いていたのが♪ワッショイワッショイお祭りだ〜ですからね。(笑)
極端ですけどね、例えが。」
――なるほど。それまでは所謂“音”としての鑑賞だったのが、初めて歌詞の中身にまで関心が行ってしまったという事ですか?
「そうそうそう、そんな感じですね。ワタシは……よくいう“歌謡曲”と呼ばれるジャンルの曲が好きで、子供の頃から聴いていましたが、歌謡曲って大衆的な歌ですよね。沢山の人の興味を惹くために好まれそうな言葉を寄せ集めた詞が多いから、どっちかっていうと中身が薄い、スカスカした歌が多いような気がするんですよね。勿論そうではない歌もあると思うけど。
だけど、浜田省吾の曲を聴いた時に「あぁこの人、中身のある歌を歌ってるんだな」と感じたんですよね。」
――受験を控えていた、という事も相乗効果となっているのでしょうか?
「そう思います。別に難しい受験を控えていた訳ではないんですけど、やっぱりストレスを溜めてたりナーバスだったり……。
そんな時に『東京』はホント、「バーンッ!」と来ましたね、心に。」
――例えばですけど、『東京』ではなく他の楽曲だったとしたら、もしかすると好きにはなっていなかった、という風に思いますか?
「う〜ん……それは解りませんけど、もし『もうひとつの土曜日』とか『愛しい人へ』あたりのバラードだったら、バーンッ! とは来なかったかも知れないかなぁ……。
遅かれ早かれワタシは浜田省吾の曲を聴くヤツになっていたと思うけど、バラードが先だったら“遅かれ”派だったかも知れないですね。(笑)
その時点でも十分遅いスタートなのですが。」
――どういったところが“遅かれ派”だったと?
「優しさがイラつく時ってありませんか? この状況でソレ言われても……みたいな。時として「頑張れ」という言葉がウザったく思えるのと似ているかも知れないんだけど、なんかそういった感じで受け付けない気持というか。
返ってドーンッ! と突き放された感じとかの方がバーンッ! と心に響いて来る……みたいな。」
――ドーンッ! でバーンッ! ですか。
「(笑)擬音が多くてスミマセン。
とにかく、ナーバスになっていた時に『東京』がスポッと嵌ったという感じだったんですよ。」
――逆にイライラしてしまいそうな詞ではないかと思えますが?
「そこがほら、聴く側の勝手な解釈で。(笑)「今のワタシに問いかけられてる!」みたいな。(笑)「何時まで君、持ちこたえられる?」と。
――問題定義に繋がる訳ですね。(笑)
「そうです。そこです。(笑)」
――ところで、その後の行動としてはどうされたんですか?
「レンタル屋へ行って、CDを借りて来ました。」
――購入されたのではないんですね?
「ええ。カッコイイ! とは思ったんですが、そういったジャンルの曲に手を出したくはないな、という思いがあって。」
――何か特別な理由があったのですか?
「特別という訳ではないんですけど、あんまり好きじゃなかったんですよね。
歌っている内容が、何と言いますか嫌いだったと……今思うと凄い偏見なんですけど、自分なりに拒絶の対象としていたモノを見出していたというか。
そんな感じだったので、そっちのエリアには行っちゃいけないような気持があって、躊躇してました。
実は、浜田省吾の曲もわざと聴かないようにしていたんですよね。」
――あぁそうなんですか?
「遠ちゃんも好きでしたが、当時は光GENJIの内海光司ファンだったんですよ。かなり好きだったんですけど、彼もめちゃ浜田省吾ファンで。
で、彼がやっていたラジオ番組で曲を流していたんですよね。
ワタシは(当時から)ラジオ番組は一度何かに録音して、後でまとめて聞くんです。その時に曲が流れそうになると早送りして避けていたという。(笑)」
――徹底してますね。(笑)
「そこまで神経質にならなくてもいいじゃねぇか! と思いますよね。(笑)
でも、ホラ、何か意固地になっちゃう時ってあるでしょ? そんな感じで飛ばしてたのに、先程話したお正月の番組はたまたまリアルタイムで聞いていたんですよ。」
――早送り出来ませんね。
「そうそう。(笑)だから正確に言うと“聴いてしまった”んですよね。」
――では、もうちょっと早めに浜田省吾と出会えていた、という可能性が?
「ですねー。受験生でもなかったし。(笑)まぁでも、今となっては「バカな事したなー」というおバカな笑える思い出として、自分の中に保存されています。(笑)」
――話を戻しますが、借りて来たCDというのは何だったのですか?
「『生まれたところを遠く離れて』『君が人生の時…』『HOME BOUND』『Club Surf & Snow Bound』です。」
――『HOME BOUND』は解りますが、後の3枚はどういった経緯で?
「長年活動されている人だと言うのは把握していたんで、何から手を出していいのか迷うと思ったんですね、店の中で。(笑)
だから、とりあえず目星を付けて行った方がいいと思い、自分の周りで浜田省吾の名を探してみたんです。」
――自分の周り、といいますと?
「例えば、当時やっていた進研○ミの教材の中とか。(笑)
――意外な名前が出て来ました。(笑)
「なんか、エンタメ系を紹介するページとかあったんですよね。そこの名盤紹介みたいなヤツに『Club Surf & Snow Bound』があって。
後は、遠ちゃんが『路地裏の少年』に涙してどうのこうのという記事を発見したり、雑誌の付録に紹介されていた浜田省吾の欄に『二人の夏』『恋の西武新宿線』という曲があったので、それらが収録されているアルバムを探して来たという感じで。」
――なるほど。その4枚は聴いてみてどうでしたか?
「『生まれたところを遠く離れて』は、浜省・初級のワタシにはなかなか難しかったですね。(笑)難しいし声が若いっ! とか。
『君が人生の時…』は、『風を感じて』というのをテレビで見たな〜と思い出してみたりしました。夜のヒットスタジオですな。
『Club Surf & Snow Bound』は、他のアルバムと比べて何か違うな〜と思ってはいたんですが、それが何だかよく解らず(笑)でも気に入って『Club Surf Bound』の方は凄く聴きました。『曳航』好きでしたね〜。
でも、やっぱり『HOME BOUND』がダントツに好きで、毎日のように聴いていましたね。『東京』だけ聴けたら良かったんだけど、初っぱなの『終りなき疾走』からまたもやバーンッ! と。(笑)」
――ドーンッ! でバーンッ! がまた。(笑)
「そうそう。(笑)ホント「バカじゃないの?」というくらい聴いていました。」
――その頃は、まだ受験生だったんですか?
「いや、もう高校へ行くっていう春休みで。新しい生活が始まる期待と不安、なんとも言えないモヤ〜とした気持を『HOME BOUND』聴くと今でも思い出せます。」
――新しい生活のスタート時に、浜田省吾がいた訳ですね。
「その通りです!」
――進学されてからは、また何か新たにCDを借りて来たりしたのですか?
「どんどん浜田省吾の方へ惹かれて行く自分に気が付いたので、借りるんじゃなくてもう買ってしまえ! と。」
――何を選んだのですか?
「『J.BOY』です。」
――理由は?
「2枚組だったから、1度に沢山聴けるかなと。(笑)ジャケットも購買意欲を高めました。」
――『J.BOY』は、浜田省吾さんが(ソロデビュー10年目にして)初めて1位を獲得した記念すべきアルバムですが、バーンッ! というのはありましたか?
「いや、もうその辺は落ち着いて来まして。(笑)
『J.BOY』は……「あれ?!」と思ったんですよね、あれ〜? みたいな。今はもう大丈夫ですけど。」
――何が「あれ〜?」だったのですか?
「いや、その辺はもう聞かないで下さい……。」
――気になりますね。それでは先程出て来ました夜のヒットスタジオですが、浜田省吾さんの映像……というか動いていらっしゃる姿といいますか(笑)その辺はどうですか? 初めて見たのは?
「歌っている姿を初めて見たのは、綿密に言うと夜のヒットスタジオでの特番で、15秒くらい流れた『風を感じて』なんですけど、その他大勢と一緒に同化しちゃっていたというか。
なので、ちゃんと浜田省吾だと意識してシッカリ見たのは、『Hello Rock & Roll City』のPVだったんです。」
――それもテレビ番組だったんですか?
「そうです。『J.BOY』を買おうと決めた時くらいから、所謂雑誌の切り抜きとか集めたり、新聞とかのテレビ欄やラジオ欄に浜田省吾と書かれていないかとか探し出したんですよね。
今となっては当たり前に思えますけど、「どうして浜田省吾はどこにも載ってないんだ!」と当時は困りまして(笑)友人にも協力を強いて探しまくりました。
で、ある日、テレビ欄に名前を発見して。」
――あまりテレビ出演はされない方だとお聞きしましたが?
「そうなんですよね。それはワタシも気付いていました。容易く目に出来る名前じゃなかったし(笑)これ程見かけないんだから、所謂「音楽番組には出演しない」というテの歌手仲間なのかな〜と。(笑)だからその名を発見した時は「えっ!」と驚きました。」
――何という番組だったんですか?
「忘れました。(笑)テレビ神奈川でやってた、PVを流してくれる番組だったんですけど。」
――ご覧になってどうでしたか?
「驚きましたね。渚園で行われた野外コンサートの映像を主にしたPVだったんですけど、お客さん……人の多さにまず驚き、浜田省吾、その人自身に驚き。(笑)」
――どういった驚きを?(笑)
「なんでこんなムキムキなんだー! と。(笑)
それから、凄い動き回って歌うじゃないですか。あっちからこっち、こっちからそっちへと。(笑)
マイクの前でひたすら歌うんだと思い込んでいたので(夜ヒットの印象がそうしたのか?)驚きましたよ。」
――そういえばこの頃、浜田省吾に関する本を購入されたそうですが?
「あ〜はいはい、買いました。『陽のあたる場所』という田家秀樹さんという音楽評論家が書かれた、浜田さんの伝記……のようなもの(?)、まぁ〜生い立ちから今までの事が書かれている本なんですが。」
――それはやはり、雑誌などで名前を探している最中に得た情報だったんですか?
「それが違うんですよ。たまたま友人と大きめの本屋へ行った時に、偶然見付けたんです。どうやら単行本で出たモノが文庫化されて、文庫が発売されてから余り日が経ってない時期だったようで平積みされていたんですね。それを見付けまして早速手に取り、「なんだこれは〜!」と驚愕。(笑)」
――偶然ですか。それは驚きますねぇ。
「驚きましたねぇ。パラッと見てみたら写真があって、目次を見たら楽曲名があって……これは何だか知らんが買うべきだろ、ワタシ! という事でレジへ一直線に。(笑)
本を読む、つまり読書ってどっちかっていうと嫌いな方なんですが、『陽のあたる場所』はもの凄い勢いで読みましたね。活字中毒者のような。」
――読んでみてどうでしたか?
「これまでにも……たとえば『Hello Rock & Roll City』の映像とか見ても……何か新しい情報を得るたびに「やっぱカッコイイ!」熱を増していたんですが、この本を読破した時にはカッコイイとか何とか言う感情を逸脱しちゃって、「もう離れられない!」みたいな感じに。(爆)
ちょっと、頭がおかしいんじゃないかと思う程、のめり込んで行きましたねぇ。」
――その著者本を読まれてから、何か発見はありましたか?
「いろいろあったと思うんですけど、何がどうだったのか忘れてしまってますね。その頃得た事なのか、もう少し経ってからなのか、最近知った事なのか、混ざり混ざって把握時忘れてる。(笑)」
――そうでしたか。(笑)それでは、『J.BOY』の次に購入したアルバムは何だったのですか?
「それも何だったか……忘れたなぁ。ただ、「よし、全部集めよう!」と決めたので、『J.BOY』の帯に書いてあるディスコグラフィーを確認して、購入したアルバムの帯をタンスに貼って行く……という変な作業をしていました。(笑)」
――帯をタンスに?
「そう、貼って行くんです、リリース順に。(笑)」
――聞けば聞く程、不思議作業ですね。
「ええ。自分でも「なんで?」と思いますよ。(笑)でも、当時は真剣で……例えば、『LOVE TRAIN』買って、『愛の世代の前に』買って、『SAND CASTLE』買って『J.BOY』買いますよね? 帯貼って行くと、『LOVE TRAIN』と『愛の世代の前に』の間が異常に空くワケですよ。で、その空き加減を見て「早くここを埋めなきゃ!」と思うワケです。(笑)」
――何か、脅迫観念に似たものを感じながら揃えていた、と?
「いや、脅迫ではないですね。なんだろ……歯抜けた状態がみっともないので、早く綺麗に並べたい〜みたいな感じかなぁ。
子供の頃とか、何色もある同じ種類のマジックペンを赤と青しか買えないと、一生懸命全色集めようとして頑張るコだったんですよねぇ。
その感覚と似ているのかなぁ?」
――そうしたら、別に帯を貼って行かなくてもイイような気がしますが。
「目に見えて、揃って行くサマを確認して行きたかったのではないでしょうか?(笑)」
――なるほど……解るような、解らないような。ところで、今でも貼り続けているのですか?
「いや、しばらく続けてアルバムが揃う前に止めてしまいました。「アタシ、何してるんだろ?」と思ったんだと思います。」
――結局気が付いたんですね。
「そうですね。(笑)あとはまぁ〜物理的に困難な状況になって来たのもあります。タンスですからね、日頃洋服の出し入れをするワケじゃないですか? 邪魔だったんですよね、帯が。(笑)購入し続けて増えて行く一方でしたので、もう貼るのイイや、みたいな。
それから新しいアルバムが出る、という情報を得て、そっちへの興味に気持も持って行かれたというか。」
――新しいアルバムと言うと?
「『EDGE OF THE KNIFE』です。バラード3部作と言われた3枚目。」
――やはり新しい作品という事で、今までとは違った趣で購入をされたんですか?
「そうですね、「あっ、浜田省吾って、今現役で活動している人だった!」という事を改めて気付かせてもらったというか。オリジナルアルバムというワケではなかったけど、ワタシにとっては「新しいのが出る〜やった〜!」と純粋に嬉しい事だったですね。」
――そのリリース情報は、やはり既存のアルバムを購入されている最中に、CDショップで得た情報だったんですか?
「アルバムの発売情報自体は、何か雑誌だったと思うんですが、アルバムを揃えるため定期的に訪れていたCDショップで、ちょうどレジの後ろ辺りに浜田省吾の新聞のような張り紙を発見しまして、あれは何かと思って見てみたら、新譜情報がありまして」
――新聞のような張り紙……と言いますと、ポスターではなく?
「はい。所謂“販売促進”用のフリーペーパーみたいなヤツでした。
当時はそんな事解らなかったので、「あの紙は、どうしたら貰えるのかな?」と思いましたね。CDを予約すれば特典で貰えるのかと思ったんですが、そういう事も無く」
――店舗用みたいな告知媒体だったんですか?
「いや、ホントにフリーペーパーとかで、タワレコとかもっとでっかい店舗へ行けば、容易く貰って来れる物だったんだと思います。でも、そんなこと解らない世間知らずで……。
「どうすれば手に入りますか? いただけるんですか?」と、店頭で聞けば良かったのになかなか聞けなくて、でもあの“紙”は欲しくて……というモンモンとした日々を。」
――そんなに魅力的な“紙”だったんですか?
「ええ。2枚あったんですけど、何やら文章がずら〜っと書き連ねてあったんですよ。何が紹介されているんだろうと思って。レジの真後ろに貼ってあったから、読むには困難な位置だったんですね。なので、実際手にして読んでみたいなぁと思って。」
――で、結局どうされたんですか?
「店舗の人に聞くのが一番早いと今では思いますが、当時はそれが照れくさいと言うか、面と向かって訪ねる行為が嫌だったというか……。
で、思いあぐねた末、浜田省吾の事務所へ電話して聞いてみようと」
――そちらの行為の方が、勇気のいる感じに思えますが。
「そうなんですよねぇ。ワタシも今はそう思いますよ。(笑)
でも、なんでしょう、夢見る乙女の暴走と言いますか(笑)容易い事が恥ずかしい割には、大胆な行動が臆面も無く出来てしまうというか。
そんな感じで、早速電話してみちゃったんですねぇ」
――問い合わせ先の番号は、把握していたんですか?
「ええ。雑誌の付録に掲載されていました。それを片手に」
――緊張されました?
「ど緊張でしたねぇ。
たかが電話で問い合わせ、なんですけどね。大仕事をするような感覚で。
確か、正座して電話しました。(笑)」
――(笑)相手はどのような感じの方が応対に?
「多分……FCの中西さんだと思うんですが、解りません。とにかく女性が出ました。
で、あの、店頭で見た新聞のようなヤツをどうすれば自分も手に入れられるか、みたいな質問をしどろもどろで質問しまして。
凄く緊張してたんで、相槌をするのがやっとな状態でしたねぇ」
――解答はどうだったんですか?
「あれは、宣伝用の販促物ですので、個人の方が手に入れるのは難しいです……みたいな事を言われました。」
――せっかく勇気を出して電話したのに。
「そうなんですよね、イイ解答を得られず。
ガッカリして電話を切ったんですが、緊張がだんだん冷め、冷静になって来た時にお姉さんが言った「あの、FCの方ですか?」という言葉が鮮明に蘇ってきたんですよ」
――ファンクラブ会員か、という問いを?
「ええ。緊張してたから「違いますが」と聞き流しちゃってたんですが、電話切った後でよく考えてみると「FC会員だったら、どうにかなるわけ?」みたいな疑問が湧いて来て」
――また問い合わせを?
「いや、それはしませんでしたが、“ファンクラブ”という言葉が頭に残りましたね。FCか……FCねぇ……みたいな」
――何か特別な事が繰り広げられている世界があるな、という感じで?
「そうですね。(笑)
会員だと、いろいろ何かあるのかもね、みたいな」
――入会しようかな、という考えが湧いて来たって事ですか?
「直ぐには思わなかったんですけど、電話をした日からずっとFCというのが引っかかっていて。
で、とりあえず入会案内みたいなのを送ってもらう事にしたんですが、それから直ぐに入会金などを振込に行きました。(笑)「やっぱ、入ろう!」と。」
――結局入会手続きをしてしまったんですね?
「はい。
先程も言いましたが、あまりテレビとか人前に出て来ないタイプの人だし、興味を持ってしまった以上、情報集めの手段としてはFC以上のものはないのではないかと。」
――情報集めの延長、という認識の方が大きかったワケですか?
「そうですね。
だから、入会して色々読んで行くうちに、すっかり魅了されちゃって(笑)それまで好きだった人とか関係なくなってしまって。(笑)
ワタシには、浜田省吾がいればいい! というような感じで突っ走ってましたよ。」
――なる程、それではきゃおさんにとって、1991年というのは年明け早々から浜田省吾色にどんどん染まってしまった年、という事になるんですね。
「そうですね。まさに出会いの年。(爆)
トキメキ先行型でしたので、自分の親と余り変わらない年齢の人だって事を知るんですが、それはとりあえず脇へ置いといて(笑)浜田省吾という人の世界を少しでも知ろうと、勉強そっちのけで一生懸命になっていた時でしたよ。」
――なる程。(笑)では、次回は『EDGE OF THE KNIFE』発売から、初めて参加されたコンサート『ON THE ROAD 93』あたりの事について伺って行こうと思いますが。
「解りました。別にいいですけど……。
こんな長文に付き合うモチベーションがあれば、という事で宜しくお願いします。」
――……。

でしたなー。
